長期残効型防虫蚊帳の農村販売チャネル構築事業
プロジェクトの概要
- モダンリテールの浸透が限られているバングラデシュ農村部での販売チャネルの開拓
- 蚊が媒介するマラリア等の感染症予防を共通ミッションとした現地NGOとの事業提携
プロジェクトを立ち上げたきっかけ
未知の市場を切り開く
住友化学株式会社は、「マラリア撲滅」を掲げ防虫成分を練り込んだ蚊帳である”オリセット®ネット”を世界基金やユニセフ等の国際機関を通じて2003年よりアフリカ地域を中心に販売しています。また、アジア地域では蚊帳文化が根付いており中間層の購買力が高いことからコンシューマー向けの事業を展開しています。そのなかで、今回のプロジェクト実施地となったバングラデシュは人口1.5億人超と蚊帳の需要も大きく、潜在的な市場があることが想定されていました。しかしながらその市場情報は乏しく、同社単独での調査に難しさがあったため、まずは現地でのネットワークを有する協力者を模索することになりました。そのような中、オリナス・パートナーズ(当時は前身組織であるアライアンス・フォーラム財団企業パートナーシップ部門)と出会い、2014年6月からバングラデシュ現地でのネットワークや現地事務所のリソースを活用した共同調査を開始しました。
事業の特徴
調査結果と事業化への道筋
バングラデシュでは人口の6割が農村部に暮らしており、近代的なマンションに暮らす一部の富裕層を除いてはほぼ全世帯が通年で蚊帳を使用しています。現地での家庭訪問調査から、価格は安いかわりに品質は低く、1か月も経たないうちに破れてしまうこと、直しながら使ってはいるものの常に穴が開いており蚊から身を守る点で課題があることが判明しました。オリセット®ネットは農村の経済レベルでは高価格帯の製品ですが、丈夫で長寿命、且つ物理的防除に加えて防虫効果があり、その付加価値を正しく伝えることができれば既存の蚊帳に代わる大きな需要があると考えました。事業化に際しては、製品を農村部まで届け、製品の特長を正しく伝えることができる販売チャネルの構築に重点を置いています。現地パートナー選定時には、様々な分野の組織と対話を重ねた結果、大手NGOのTMSSを選定しました。TMSSの参画により、全国のマイクロファイナンス拠点を通じた販売が可能となり、さらに農村開発プロジェクトの豊富な経験から、利用者への啓発活動も進めることができました。
オリナス・パートナーズの関わりとプロジェクトの成果
調査開始から8ヶ月、販売開始へ
2015年2月、様々な課題を乗り越えて現地での販売が始まりました。オリナス・パートナーズとして、本プロジェクトでは、(1)事業ミッションへの共感度が高く実行能力のあるパートナーを見つけて事業を推進すること、(2)「日本×バングラデシュ」、「企業×NGO」という異なる文化背景を持つ組織が一つの事業を実現できるようそれぞれの言語や要求を理解して交渉を進めること、の2点に主軸に置いていました。
具体的には、物理的な距離感からプロジェクトが停滞するような局面では、現地パートナーであるTMSS(バングラデシュでは2番目の規模を誇るNGO)と密にコミュニケーションを取り、問題解決に向けての議論を継続するなど、きめ細やかな対応を粘り強く実施しました。また、販売促進においてはTMSSに不足していたマーケティング・宣伝ノウハウなどのリソースを補い、住友化学のプロジェクトメンバーとも調整しながら推進しました。
上市セレモニーの際には、政府要人、TMSS創始者・代表であるBegum氏、住友化学事業部長/執行役員(当時)を含む200名以上の方が出席しました。この模様は、バングラデシュ国営放送にて取り上げられた他、14紙に掲載され、事業の注目度の高さをうかがわせるものとなりました。Begum氏はスピーチの中で「蚊に刺されると眠りの質が低下する。感染症にも罹患する。上質な睡眠は元気の源であり、全ての課題解決・経済活動の源となるものだ。この事業はソーシャルビジネスであり、バングラデシュの抱える社会課題に貢献する」と述べられ、大きな期待とコミットメントを表明しました。
さらに、プロジェクト終了後、オリナス・パートナーズが住友化学及びTMSSのご協力を得て2016年1月に実施した「社会インパクト及び現状の事業課題に関する現地調査(簡易)」では、当初目的であった農村深部への販売が進んでいる事、そして購入者からは、100%が購入に満足し、90%が感染症被害から守られており、90%が友人隣人に推薦していると回答していることが確認されました。
ご担当者の声
住友化学株式会社 生活環境事業部グローバルマーケティング部 山口真広(やまぐちまさひろ)様
オリセット®ネット事業のビジョンは「マラリアの撲滅」ですが、企業として事業を継続的に運営し、ビジョンの実現を成し遂げるためには、国際機関を通じたアフリカ政府向けのB2Gモデルによるオリセット®ネットの大量供給に加え、B2C事業を通じた収益性のあるモデルの拡大、つまりハイブリットなモデルで持続性を確保する必要があります。また、公的資金に依存したB2Gモデルだけでなく、必要としている人に直接販売するチャネルを構築することが、ビジョンの実現には不可欠だと思います。B2Cのアジア地域の展開では、各国の流通や経済レベル等を考慮した異なるアプローチを取っていますが、バングラデシュでは農村部における需要が非常に大きいと考えおり、バングラデシュの消費者市場に詳しく、現地での幅広いネットワークを持つオリナス・パートナーズと連携したことは、現地のニーズを見極め、売れる製品作り、これまでにない事業モデルを構築するうえで大きな意味がありました。特に、現地で実現したい事業イメージを理解し、現地パートナーとのきめ細かいコミュニケーションをとってもらえたことが事業の立ち上げにつながったと感じています。今後の目標は、TMSSのマイクロファイナンス事業と連携しオリセット®ネットの販売網を拡大することと、蚊帳の卒業ステージにある層に向けたオリセット®技術を応用した新製品の開発・上市を推進することです。ミレニアム開発目標(MDGs)ではマラリアに関する目標が達成されましたが、持続可能な開発目標(SDGs)では2030年までにマラリアを撲滅するという目標が設定されました。ハイブリット・モデルの強化に加え、技術イノベーションを通じ、Goalの実現に寄与する必要があります。